昔、たまらなくなって、中国の奥地に旅をした。
昆明を通り、大理を越え、雲南の国境までやって来た。
ここまで来ると、中国も国際的になってくる。
パキスタン系、ビルマ系、色々な服の、肌の人がいる。
宿を確保し散歩に出ると、町一番の市場に、小さなカレー屋を見つけた。
店の中では、故郷へ帰るとおぼしき若者が、涙ながらに抱擁を交わしている。
さすが国境、驚くほど本格派のカレーに、舌鼓を打つ。
中国の彷徨に疲れた体に、カレーの刺激が染みていく。
一息ついて店を見回すと、雑誌の下に押しつぶされたノートがあった。
それは、ここを訪れた旅人の記す、寄せ書きノート。
いろいろな落書きが連ねてある表紙をめくると、
色々な言葉で、挨拶の言葉が書かれている。
意味は判らないけれど、きっとここを訪れる誰かのために、
書き連ねられた一方通行の言葉達・・・
その中に、思わず目に飛び込んできた、日本語。
それは突然、頭の中に響いてきた。
「ようこそ、ここまで、やってきたね」
かすれてかすかな薄い文字。しかし確かにそう読める。
予期せぬ言葉に滲む視界。不意に、心に打ち込まれたフレーズ。
その短い言葉を、喧騒の中、テーブルで何度も、何度も繰り返した。
暫くたってペンをとり、私も一言書き添えた。
「ここまで、やってきたよ」
時間を超えて、偶然を越えて、何かが一つに繋がった。
ふわふわ漂う糸の端を、掴んだような気がした。
突然、帰ろうと思った。
それは、確信に似ていた様に思う。
店を出て、宿泊もせず、バスに乗り、飛行機に乗って、
日本に帰り、社会生活に戻って、今に至る。
ネット上の色々な掲示板を見ていて、
時々、私はあのときの事を想い出す。
あの言葉に遭わなければ、店に入らなければ、
私はどこまで彷徨ったろう。
きっと電脳の世界では、同じ様な出来事が、
身近などこかで、起こっているかもしれない。
だから、掲示板に書かれた言葉達に、
それを書いた仲間に、そっと心の中で呟いてみる。
あなたの言葉は、そっと世界に置かれた言葉は、
ひとりぼっちではないのです、と・・・。
by nebula